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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和28年(う)338号 判決 1953年12月03日

控訴人 被告人 北風憲司

弁護人 伊部栄治

検察官 宮崎与清

主文

控訴を棄却する。

理由

弁護人伊部栄治の論旨は同弁護人提出の控訴趣意書に記載する通りであるからこれを引用する。しかし原判決挙示の証拠によると、判示協同組合所有の種油は法律上同組合の長である判示山本宇平の占有に属していたものと認めるのが相当であり、たとい所論北風未太郎が右組合の工場主任として直接右物品の保管の責に任じていたとしても、組合の長として同人を指揮監督する権限を有する前記山本宇平の占有権を否定する理由とはならないのである。故に原判決が、判示山本宇平を本件物件の占有保管者と認めたのは正当であり論旨第一点は理由がない。

又、所論親族相盗の規定が適用されるためには被害物件の所有権が犯人に対し刑法第二百四十四条の親族関係にある者の所有に属することを必要とし単にその占有に属するのみでは足らないと解すべきであるから、たとい本件物件が、被告人の父である前記北風未太郎の直接占有に属するとしても前記組合の所有である同物件の窃取行為につき所論親族相盗の規定を適用すべき限りでない。論旨は理由がない。

そこで控訴は理由がないので刑事訴訟法第三百九十六条により主文の通り判決する。

(裁判長判事 吉村国作 判事 小山市次 判事 沢田哲夫)

弁読人伊部栄治の控訴趣意

原判決が被告人に対する犯罪事実として認定せるところは被告人は第一 昭和二十八年三月中旬頃福井県坂井郡芦原町二面所在坂井郡北部搾油協同組合(非法人)工場に於て組合長山本宇平管理同組合所有にかかる種油約一斗を窃取し、第二 同年四月二日宮川善松と共謀の上前同所に於て前同人管理同組合所有にかかる種油約一斗五升を窃取したものであると謂うに在り、然れども、

第一点、原判決は審理不尽であり且虚無の証拠により犯罪事実を認定せる不法がある。

それは原判決の判示するところによると本件種油の占有関係に付「組合長山本宇平管理同組合所有」とあるけれども右種油の占有者所持人は山本宇平ではなく同組合の工場主任北風未太郎(被告人北風憲司の実父)であり同人が同工場内に存する製油機械等備品等一切を実際に宰配し工場主任たる北風未太郎の全責任に於て其の事に当つて居り組合長山本宇平は事実上何等支配せず只組合長として監督の立場に在るに過ぎないのである。

その点については原審公判調中証人山本宇平の供述として「私は昭和二十二年以来坂井郡北部搾油協同組合の組合長を勤めて居る、此の組合は生産者の委託を受け搾油又は生産者より菜種を買入れ搾油販売するを業として居る搾油業務の一切は工場主任北風未太郎(被告人の実父)に任せてあり工場内の種油が紛失したり盗難にかかつた場合は工場主任が責任を負うことになるのではないかと思う」証人北風未太郎の供述として「私は組合長山本宇平より搾油工場の備品、原料、製品等の管理を一任されて居る、三月中旬頃私の長男憲司が同工場で盗出した種油は私が組合に対し弁償をした」被告人北風憲司の供述として「私の父は芦原町二面に在る坂井郡北部搾油工場の工場長をして居る、私が同工場より二回に亘つて種油を盗み出した、それは父の物を盗む様な気持でやりました」とあり、以上の各供述を綜合するときは本件種油の事実上の支配者(所持人)は山本宇平ではなく北風未太郎であるとするのが極めて素直で自然な考え方であり合理的であると思う。殊に以上摘録せる証言中山本宇平の「工場内の種油等が紛失したり盗難にかかつた場合は工場主任が責任を負うことになるのではないかと思う」旨の供述は本件種油の事実上の支配即ち占有が工場主任たる北風未太郎に在るのであつてそれ以外のものでないと言うことを最も端的に表明せるものであり該供述部分は極めて重視すべきであると思う。故に例えば銀行員が上司(支配人又は支店長)の命を受けて行金を他に携行する途中盗難にかゝつた場合に於て其占有者(所持人)を何人と見るべきかは多く考えるの要はないであろう。然るに原判決は山本宇平が組合長であると言う単なる形式事実に捉われ本件種油の支配関係を判示するに付き組合長山本宇平管理と言う抽象語を以てせられたことは両義に渉る瞹眛な表現であつて果して山本宇平が事実上如何様に支配して居ると言うのか明瞭でないのみならず本件全記録を渉臘するも山本宇平は同組合の組合長であると言う事実が認め得らるるに止まり同人が本件種油に付ては之を認むるに足る資料は何処にも見出し難い。されば原判決は審理不尽であり虚無の証拠により犯罪事実を認定せる違法があり破毀を免れないと思う。

第二点、原判決は擬律錯誤の違法がある。本件種油は第一点に摘録せる証拠により認め得らるる通り北風未太郎が其占有者(所持人)であることが明白であり、山本宇平を以つて占有者(所持人)と見ることは無理な考え方であることは上述の通りである。而して親族相盗に関する刑法第二百四十四条の適用に当り乙は占有者(事実上の支配)と犯人との関係を標準とすべきであることは最高裁に於て既に判例(昭和二三年(れ)第九九二号)として示されて居るのである。されば本件に於て右種油の占有者が北風未太郎(被告人の実父)であると認め得らるる以上は当然前示法案を適用し被告人に対し刑を免除せねばならぬ筋合である。然るに原判決は同法案の適用を遺脱し刑を言渡されたのは右判例に背反し擬律錯誤に陥つたものであつて破毀せらるべきであると信ず。

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